小売業におけるDXの必要性とは?課題や導入事例も解説
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、インターネットや人工知能(AI)などのIT技術を活用して、ビジネスや生活をより良いものにしていくことを指します。この記事では、小売業界におけるDXの現状や導入時の課題について見ていきます。また、実際の小売業界での導入事例についてもご紹介します。
Contents
小売業界のDXの現状
DXは、IT技術によって生活やビジネスに変革をもたらすことを意味します。単に「ツールを導入することによるデジタル化」と捉えられがちですが、IT技術によって企業に大きな変化をもたらそうとする考え方です。
新型コロナウイルス感染症の影響により、小売業界でもDXが加速しつつあります。しかし、完全にDXが浸透したとは言い難いのが現状です。
東京商工会議所が2021年4月に公表した「中堅・中小流通・サービス業の経営課題に関するアンケート調査結果概要(調査対象は卸売業、小売業、サービス業)」によると、「コロナ禍でデジタル化・IT活用は変化したか」という問いに対し、小売業の企業の48.7%が「増えた」と回答しています。同様の質問に対し、卸売業の企業では42.6%、サービス業の企業の37.5%が「増えた」と回答していることからも、卸売業やサービス業と比較すると小売業ではDXが進んでいるといえるでしょう。
一方、商取引の基本とされている受発注業務、検品、請求処理業務では、(前出の3業界全体の)半数以上が「業務の5割以上がアナログ対応」または「業務の8割超がアナログ対応」と回答しています。
コロナ後からデジタル活用が増えた企業は「人材育成・教育」「イベント・展示会」での活用が増えたといい、今後は受発注業務や検品、請求処理業務でもDXが進んでいくことが期待されます。
DXに取り組むことで小売業界にもたらされる変化

小売業界がDXを推進することで、顧客・店舗双方にメリットがもたらされます。店舗運営面のほか、マーケティングやマーチャンダイジングなど、あらゆる業務にポジティブな影響を与えるでしょう。DXの流れの中で実店舗とECサイト、本部などそれぞれの部門で分断されていた情報を一元化するオムニチャネル、店舗・ECサイトの垣根をなくすOMO(Online Merges Offline)といった取り組みも注目されています。ここでは、DXによって小売業界にもたらされる変化について見ていきましょう。
店舗運営
DXは在庫管理など、店舗運営面で良い変化をもたらします。
例えば、AIを活用することで在庫管理を自動化でき、業務負担を減らせます。AIが在庫についてのデータを分析・学習することで、最適なタイミングで自動的に発注業務を進めてくれます。過剰発注や売れ残りを防ぐことができるでしょう。
ワークマンでは、発注作業の時間を30分から2分に短縮するAIを使った自動発注システムを導入しています。AIが過去の販売実績などのデータを駆使して発注することから、在庫増を防げるとのことです。
店舗だけでなく、顧客にもDXはメリットをもたらします。例えば、無人レジやキャッシュレス決済を導入することで、スムーズな決済が実現し、顧客のストレスを軽減できます。
無人レジからさらにもう一歩進んだ取り組みも見られます。ファミリーマートは東武鉄道の店舗に無人決済システムを導入。店舗に設置されたカメラで顧客が手に取った商品を認識し、出口付近の決済エリアに立つことで自動的にタッチパネルに金額が表示され、現金や電子マネーで支払いするという仕組みです。
ECサイト運営
ECサイトを導入することそのものが、DXの一つの要素といえます。ECサイト上での購買データを活用するなどして、それぞれの顧客に合った商品の提案ができるでしょう。
ECサイトであっても、店舗と同じような購買体験を届けることが大切です。ユニクロはECサイト上に顧客が書き込めるレビュー機能を備えています。実際の使用感が記載されており、「実物の雰囲気が分かりづらい」というECサイトの弱点を補っています。
マーケティング
DXを導入することにより、購買情報や顧客情報といったデータを獲得しやすくなります。データは、マーケティング戦略の立案の助けとなるでしょう。
例えば、POSレジで商品購入の日時や個数などのPOSデータを取得できます。AIエンジンが搭載されているネットワークカメラを使えば、性別や年代といった顧客の属性データを得られます。以上のようなIT技術の導入により、データ取得の機会は増えていくでしょう。
日清製粉は、POSデータを活用し、食品メーカーと協力しながら商品開発を進めています。POSデータをもとに今売れている商品や今後売れそうな食品を分析するなど、データを基に食のトレンドを押さえています。
物流(ロジスティクス)
物流にIT技術を導入することで、正確に素早く顧客に商品を届けられます。倉庫内での業務をロボットが担うことで、人手不足の解消や業務効率化の効果も期待できるでしょう。また、配送の一部をドローンが担う実証実験も進められており、さらなる物流の自動化が期待されます。
アマゾンの物流拠点である「茨木FC(フルフィルメントセンター)」では、倉庫の一角でロボットが動き回っています。商品棚を乗せたロボットが、床に設置されたQRコードを基に動いており、人の手も借りながら業務を進めています。
OMO
「Online Merges Offline」の略語であるOMOは、オンラインとオフライン(店舗)の融合を意味します。中国のベンチャーキャピタルであるSINOVATION VENTURESの創業者、リ・カイフ氏が提唱した言葉です。
スマートフォンやタブレットの出現により、人々は常にオンラインでつながっている状態となりました。オフラインである実店舗にいるとしても、オンラインでつながっている状況であることは変わりません。結果、オンラインとオフラインの境目をなくし、シームレスな購買体験を顧客に提供しようという考え方が生まれたのです。
オンラインとオフラインを融合させることで、店舗側にもメリットが生まれます。例えば、実店舗で顧客がスマホ決済で商品を購入することで、購入データを取得できます。取得したデータを基にECサイトの顧客IDと紐づけ、関連商品をオンライン上で訴求できるのです。
OMOと似た概念に、オムニチャネルがあります。オムニチャネルは、実店舗やイベントといったオフライン、SNSやECといったオンラインなど、どこの接点でも顧客が同じような購買体験ができることを目指す戦略です。OMOではオンラインとオフラインの区別をつけずに顧客の購買体験を向上させることを目指しますが、オムニチャネルはオンラインとオフラインをシームレスに統合し、どちらのタッチポイントでも顧客がスムーズに商品を購入できるようになることを指しています。

OMOの事例としては、米国のシアトルにオープンしたアマゾンが運営する食料品店「Amazon Go」が挙げられます。店舗にレジはなく、出入り口にあるゲートを通っただけで決済されます。店内に設置されたカメラや事前に顧客がダウンロードするアプリによって、ストレスフリーな購買体験を可能としているのです。アプリやセンサー、カメラ等を通して顧客の購買データを取得しており、戦略設計や購買体験のさらなる向上に生かされています。
その他の業務
小売業だけではなく、あらゆる業種でDXはメリットをもたらします。例えば、総務や人事業務、社内コミュニケーションの円滑化を図れるでしょう。
広告デザイン制作業やフードサービス業などを展開するシーネットという企業では、電話業務を効率化するツールを導入しています。ツールでは、顧客からの問い合わせ電話を録音し、対応履歴などを共有できます。導入前は、外出中で社員が電話を取れなかった場合、事務担当社員が電話の内容をメモして伝えていたとのこと。外出先でも電話の内容を見られるようになったことで、伝達ミスといったヒューマンエラーを防げるようになったといいます。
小売業界が抱えるDXにおける3つの課題

DXの際に、課題になりがちな要素について一つずつ見ていきます。主に「経営戦略の検討不足」「既存システムとの共存」「人材不足」が課題として挙がりがちです。
①経営戦略の検討が不足している
単にIT技術を導入するだけでは、DXとはいえません。社内変革、つまり「IT技術を導入してどのように事業に変化をもたらすのか」といった経営戦略の検討が必須になります。
経営戦略が欠如したままIT技術を導入すると、変化についてこられない部署・部門が現れ、全体の足並みがそろわないといったことが起こりがちです。「とにかくツールを導入しよう」「AIを使って新しいことができないか」といったように、手段と目的が入れ替わった状態で進めるのはやめましょう。
②既存システムとの共存が難しい
古いシステムを使っている企業にありがちなのが、「システムの不透明化」です。社内の誰一人として仕組みを理解していない古いシステムが存在する。このような状態で新しいIT技術を導入しようとしても、データ共有に莫大な時間とコストが発生してしまいます。
また、日本の企業ではITに関する予算を既存システムの現状維持のために割きがちです。DXについてかかる費用はコストではなく、投資と捉えることが重要です。
③人材の不足
外部にシステム管理を委託しているという企業は多いでしょう。この場合、社内ノウハウが構築できず、社内にIT人材がいないという状況に陥ってしまいます。DX推進のためITに詳しい人材を採用しようとしても、社会全体がDXに力を入れ始めていることもあり、人材の確保が難しい場合も考えられます。
ITの知識を持った人材を採用し、育てていくことはもちろん大切です。しかし、既存の業務やシステムを抜本的に改善させるケースもあり、その過程で部署・部門間の対立を生んでしまうことも起こり得ます。DXには第三者を交えて推進したほうが良い場面もあるため、社外のパートナーと協力しながら進めていく方法を探ることも重要といえるでしょう。
店舗内におけるDXに取り組む企業の事例

DXに取り組む小売企業の事例について見ていきましょう。
ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社(U.S.M.H)様
イオングループのユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社(U.S.M.H)は、首都圏に展開するマルエツ、カスミ、マックスバリュ関東3社の共同持株会社です。U.S.M.Hをはじめ、イオングループそれぞれの店舗でDXが進んでいます。
DXにあたっては、経営陣だけでなく現場社員の意識変革のため、DXに関する勉強会の開催や企業見学などを実施。1年半かけてDXに向けた土台を作り、日本マイクロソフトと協力しながら、DXに必要な人材育成に取り組みました。
U.S.M.Hでは、独自のスマホ決済システム「Scan&Go Ignica(スキャンアンドゴー・イグニカ)」を開発。システム専用のアプリをダウンロードした顧客は、アプリを使って商品のバーコードをスキャン、決済できます。システム導入によってレジに並ぶ手間をなくしたのです。2022年1月には、アプリ内にオンラインデリバリーサービスの機能も搭載しました。
また、(株)カスミでは、コニカミノルタが提供する「Go Insight」を活用した「売場前行動研究プロジェクト」も進んでいます。Go Insightは、店舗に設定した天井カメラで撮影した顧客の商品棚での行動をデータ化、分析し、取るべきアクションを提案するコンサルティングサービスです。
株式会社ヤクルト本社様

株式会社ヤクルト本社様は、小売店舗の乳酸菌飲料カテゴリ全体の売り上げを上げるべく、小売取引先に売り場や陳列に関して提案しています。提案にあたって「どの商品を比較検討して、どう購買に結び付いたか」を調査すべく、Go Insightの活用を決めました。
調査では、乳酸菌飲料の商品棚におけるゴールデンゾーン(棚の最下段が亭に取られる確率、購入される確率が高まる)の効果検証を進めました。同時に効果的な売り場づくりの検討や販促物の効果検証も実施。Go Insightの活用前には見ていなかった部分が定量化できたことで、提案に向けたプラスアルファの材料ができたとのことです。
ダノンジャパン株式会社様
ヨーグルトなどのチルド乳製品メーカーであるダノンジャパン株式会社様は、POSデータでは分からなかった「購買に至った・至らなかった」プロセスをデータで把握するべく、Go Insightの活用を決めました。購買行動解析サービス(Go Insight)に加え、顧客の視認性解析サービス(Seeing Insight)も活用し、「なぜ商品の購入に至らなかったのか」という部分について詳細な分析に取り組みました。
分析の結果、顧客の無意識の購買行動をデータ化でき、売り場づくりに活かせる発見があったといいます。今後については「良い売り場」の「良い」について数値化した基準を作り、確かな根拠をもとに売り場の最適解を出し続けていくとしています。
キリンビバレッジ株式会社 様
キリンビバレッジ株式会社様は、主力ブランドに一つである「生茶」を「環境のフラッグシップブランド」と置き、ラベルレス商品や100%リサイクルペットボトルの導入に取り組んでいます。しかし、環境訴求が売上げにつながっているかはっきりと分からないという課題がありました。顧客に商品価値が伝わっていないのではないかという仮説があり、検証のためにGo Insightの活用を決めました。
検証は2店舗で実施。店頭POPによって改善を施した売り場と、何もしていない売り場でそれぞれ2週間検証しました。結果、店頭POPのある売り場の生茶の接触回数は何もしていない売り場の+45.3%となり、売り場改善の効果があることが分かりました。また、購買に至るまでのプロセス「立ち寄り」「滞在」「接触(手に取る)」「購買」のそれぞれの割合を数字で示せたことで、分かりやすく目に留まる商品パッケージが重要であるということも改めて実感できたといいます。
今後は環境訴求以外にも、「ラベルをはがす手間が省ける」というような手間の部分で訴求した場合の反応の変化など、訴求方法のパターンを変えた検証も実施していきたいとしています。
まとめ
今回は小売業におけるDXの現状やDXによりもたらされる変化、導入における課題や導入事例について見ていきました。
DXによって店舗運営面で良い効果が生まれるのはもちろん、マーケティングや物流の効率化にも結び付きます。DXが進むにつれ、オンラインとオフラインが融合したOMOの事例が増えていくことも予想されます。
いざDXに取り組もうとしても、経営戦略の欠如や既存システムとの共存の困難さ、人材不足が課題に上がりがちです。今回ご紹介した事例を参考に、自社の課題を洗い出し、計画的にDXを進めていきましょう。
事例でもご紹介した通り、コニカミノルタでは棚前での行動を分析する「Go Insight」というサービスを提供しています。従来では手に入れることが難しかった消費者の行動データを取得、分析できます。
DXの目的に「消費者行動の分析」などが挙がっている場合は、ぜひ活用を検討してみてはいかがでしょうか。